第6回若手奨励賞(領域12)の受賞者及び受賞理由

 

第6回若手奨励賞は、

和田浩史氏(京都大学基礎物理学研究所)

柳澤実穂氏(九州大学大学院理学研究院物理学部門)

2名が受賞されました。おめでとうございます。

賞の対象となった研究題目と受賞理由は下記の通りです。


和田浩史氏(京都大学基礎物理学研究所)

研究題目:らせん構造の動力学とバクテリアのバイオメカニクス

対象論文:
"Hydrodynamics of helical-shaped bacterial motility", H. Wada and R. R. Netz, Phys. Rev. E, Vol.80, 021921 (2009)
"Model of Self-propulsive helical filaments: Kink-pair propagation", H. Wada and R. R. Netz, Phys. Rev. Lett., Vol.99, 108102 (2007)
"Discrete elastic model for stretching-induced flagellar polymorphs", H. Wada and R. R. Netz, EPL, Vol.82, 28001 (2008)

 
  生命現象は定常的なエネルギーの供給と散逸のもとで発現する典型的な非平衡現象であり、魅力的な現象の宝庫である。とりわけバイオフィラメントは生命の基本的な構成要素であり、最も興味深い研究対象のひとつといえる。粘性流体中でフィラメントが外力に駆動されると、どのような変形と運動が生じるであろうか?このテーマは一見古典的な問題のようであるが、生物科学に関連した実に数多くの問題が未解決である。しかしそのような問題をメカニクスの立場から本気で理解しようという試みは、日本の物理学ではまだ極めて稀である。和田氏はそのようなテーマに挑戦し、注目すべき成果をあげている。特にらせん状の弾性体とそれを取り囲む粘性流体との動的な相互作用を記述する理論と計算モデルを開発し、具体的な実験結果に深い考察を与えることに成功している。  対象論文では、流体効果と弾性変形を厳密に取り入れた力学モデルの計算から、実際のバクテリアに観測されるらせんの形状(35度のピッチ角)が最も効率的な推進を得る形状であることを明らかにした。このような力学的な最適化条件から微生物の形や運動様式を理解しようという和田氏の着想は先駆的であり、その後の他のグループの研究を刺激している。和田氏の研究の特徴は、理論に関する高い解析能力と実験事実に対する深い理解を併せ持っている点にあり、最新の実験事実を徹底的に理解した上で、問題の本質を理論的に凝縮した形で取り出し、さらに数値シミュレーションで実験との比較と考察を行うスタイルにあると考える。以上、審査委員会は和田氏はソフトマター物理を基礎として、バイオメカニクスの研究において特筆すべき成果をあげており、さらには今後の研究の飛躍的発展の高い可能性、その両面から見て若手奨励賞にふさわしいとの結論に達した。


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柳澤実穂氏(九州大学大学院理学研究院物理学部門)

研究題目:多成分ベシクルにおける相分離と膜変形とのカップリング・ダイナミクス

対象論文:
"Growth dynamics of domains in ternary fluid vesicles", M. Yanagisawa, M. Imai, T. Masui, S. Komura and T. Ohta, Biophys. J., Vol.92, 115 (2007)
"Shape deformation of ternary vesicles coupled with phase separation", M. Yanagisawa, M. Imai and T. Taniguchi, Phys. Rev. Lett., Vol.100, 148102 (2008)
"Periodic modulation of tubular vesicles induced by phase separation", M. Yanagisawa, M. Imai and T. Taniguchi, Phys. Rev. E, Vol.82, 051928 (2010)


  生命体の基本構造は細胞であり、5-6nm程度の厚みの薄膜でもって内外が仕切られ、生命活動が営まれている。30年余り前に、細胞膜の基本構造は、リン脂質分子が自己集合して分子が2層に配向した構造をとっていることが明らかにされたが、数nm程度の厚みの膜が、数十mmの袋状の構造、即ち、小胞の3次元的な構造をどのようなメカニズムによって形成しているのかといったことは不明のままであり、統計力学的な手法で迫ることが必要な課題となっている。柳澤氏は、主として実験的な手法によりこの問題に迫り、生体膜モデルの物理学的研究としては、世界的にみても先導的な研究成果を挙げてきている。具体的には、細胞サイズのリン脂質小胞(ベシクル)の膜面上での2次元相分離(膜面上での脂質分子の相分離)のパターン変化、浸透圧変化に誘起されるベシクルの形態のトポロジカルな変化、ベシクルの形態に依存した相分離パターンの多様性を実験で研究し、現象を2次元相分離と2次元面の膜弾性の結合を含む理論的な表式を用いて明快に研究結果を得ている。細胞分裂や細胞の組織形成など、生命科学の基盤となるべき研究課題に対しての物理学の役割を示した価値の高い研究であると評価できる。 また、柳澤氏の研究は、平衡論的な進めかたから始まったが、最近では、速度過程の解析が彼女の実験・理論両面からの研究の中心的課題となっており、すでに成果が挙げられつつある。さらに、緩和論的な速度過程に留まらず、非平衡開放条件下で、生命活動がどのような”しくみ”により、成立しているのかといった、生命の原理的な問題にせまるような研究課題を設定し、研究を発展させようとしている。以上のように、柳澤氏は、これまでの実績、さらには今後の研究の飛躍的発展の高い可能性、その両面から見て若手奨励賞にふさわしいと、領域12の審査委員の意見がまとまった。


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